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人間の‘器’とは?

イチロー君、えらい事ですねぇ。おそらく、もうダメでしょうねぇ。中国訪問辺りからどうも、日本の闇勢力(そんなのないか?)みたいなのが、蠢いているんじゃないか、という気がしてならない。間違いなく追い落とされるでしょう。○○党の天下も風前の灯か。○山さんは「国民が選んだ」みたいな発言をしているみたいだが、何かの勘違いではなかろうか。○○○○が選んだのであって、おそらく国民の大半は別に○○党を選んだという意識はないと思うよ。まぁ、一回やらせてみようみたいな感じではないだろうか。それにしても、○○党は不甲斐ない。しっかり保守本流を守れよ!と言いたい。それか、とっとと政界再編してくれよ、と言いたい。
さて、最近は福田和也氏の本も比較的素直に読めるかなと思っているところにこの本が出てとりあえず読んでみた。若い頃から渡辺昇一の影響を多分に受けていてそこから谷沢永一の「人間通」系に読み進めていたのだが、歴史好きとつながって、この人間の‘器’というものには非常に興味がある。作者は日本人はなぜかくも小さくなったのか、みたいな問題意識から書いているようだが、私に言わせれば、理由は明白で一つは自前の○○を持っていないこと、それともう一つは○○○○問題。どちらも構造的な問題であって、個人がどうのこうの言うレベルではない。実際、市井の人々の器が昔と比べて小さくなった等というのは、単なる推測でしかなくって私自身はそんなことはないだろうと思っている。ただ、○○○○のせいで偏向、捏造情報が垂れ流されている中で、所謂民度の平均値が大きく下がっている、というのが正しい現状認識ではなかろうか。問題の核心は○○○○であって、国民にはない。毎日不祥事を起こしている○B○みたいなのもあるぐらいだ。
隣りの国で自国に向けて核ミサイルを開発しているという状況で、「~25%削減!」なんて言っている国がまともな訳がない。頭が悪いのか、目が悪いのか、スパイかのどれかだろう。
まぁ、色々な事を考えさせられる良書だと思う。

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2010年01月16日 14:07に投稿されたエントリーのページです。

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