今日もnetを見ていると「巻向遺跡が邪馬台国か?」みたいな性懲りもなくまだ言っているという記事が出ていた。邪馬台国時代(3世紀初頭)に奈良にどんな遺跡が出てそれのどこがどのように「魏志倭人伝」と合致しているというのか?何度も書くが、お話にならない。だいたい「魏志倭人伝」に地名が特定されているのは北九州の玄界灘沿い。そこから突然、奈良まで一切何の記述もないという事を不思議に思わないのだろうか?下関から瀬戸内海(間に吉備という古代王国があったにも関わらず)、大阪に関して一切記述がない事をどう説明するのか?もうちょっと、新聞で記事を書いて一般大衆に読んでもらうからには勉強して書いてほしいと思う。
ところで、最近読んだのがこれ。まぁ、新手の自己啓発本で、以前は勝つために、成功するために、だったのがとうとう今や脳のためという事になった。ただ、内容は決して挑発的でも何でもなく至って理に適っている。まぁ、日常的にはほとんど実践しているはずだし、当たり前という内容なんだが、改めて書かれるとやっぱりか、という感じはする。特に勉強を教える立場においては色々とためになる事もあるので、まずまずお勧めの部類に属するだろう。でも、大人が自己啓発のために読むのはどうかなぁ。それこそ作者も書いているが、その前に「自分で考えろ!」という気がするが…。