時代の閉塞感は如何ともし難いものがあるものの、私自身はその感覚をモダニズムの終焉が近いという表現で自分の中で定位してきた。ソ連崩壊によりマルクス主義が失墜した訳だが、それ以上に恐ろしかったのは、所謂社会科学の失墜。学問としての社会科学が権威を失う事によって、それこそ何でもありの時代が到来したのである。おかげで、日本の状況で語ると、マルクス主義的なルサンチマンとしか思えない社会民主主義的な思考と、金満主義に溺れるアメリカ的思考に引き裂かれているという現状。
学問の世界は典型的な学閥主義に堕し、政治の世界は大衆迎合主義に向かい、経済の世界は超資本主義に向かい、…さて一体どこに未来を語る可能性があるのだろう?日々の生活は足元に当たる学習塾経営に携りながら頭の中には近現代史とその中での日本の未来をずっと模索し続けてきた。
この書はそれ自体はまだ完成態とは言えないまでも相当に大きなベクトルを示唆してくれている。これまでの自分も含めて常識の間違いの指摘もあり、確かに未来を語る土台はここだ、ここしかないという感覚になりつつある。ちなみにヘーゲルは私の卒論テーマ(「ヘーゲル論」彼の弁証法を取り上げた)。もう一度しっかり読み直してみよう。随分サボってしまったが、やはり彼こそが最も気になる哲学者である事には今も変わりはない。